牛のクローン ① クローンとは

生物が子孫を残す手段には、二つあります。

一つは、オスの精子とメスの卵子が受精して子孫を残す方法です。
これには、オスとメスが関係しますので、『有性生殖』と言われます。

もう一つは、親の細胞が増殖して、子孫を残す方法です。
これには、オスとメスが関係しませんので、『無性生殖』と言われます。
例えば、ジャガイモや里芋などイモ類、チュウリップやニンニクなどの球根類が、無性生殖で子孫を残していきます。

有性生殖の場合、オスのDNA(n)とメスのDNA(n)が合体して受精卵(2n)となるため、オスとメスのDNAの結びつき方によって、どのような子供が生まれるかは、予想がつきません。時には、両親を超える能力を持っているかも知れませんし、両親よりも劣った能力かもしれません。両親を超える能力を持った子孫を残していく、これが改良の方法なのです。

無性生殖の場合は、親の細胞(2n)が増殖していくため、子供は親とまったく同じ遺伝子を持っています。これがクローンなのです。
子供が親とまったく同じ遺伝子を持つため、能力は親と同じです。よって、クローンは増殖であって、改良ではありません。

植物は、挿し木しますと、根をはやし、花を咲かせます。また、接ぎ木でも増えていき、花を咲かせます。うまくすれば、葉っぱ1枚からでも根をはやし、芽をだして花を咲かせることも可能です。このように、植物の細胞は、どの部分の細胞を使っても、元の個体に戻ります。これを『全能性』といいます。

その代表が、日本の国花である「桜」です。桜の代表格であるソメイヨシノは、全国いたる所で花を咲かせていますが、江戸時代末期に、江戸・染井村(現在の東京都豊島区駒込)の植木屋さんが、大島桜と江戸彼岸桜を交配して作りだした1本の木が始まりです。美しい花で、成長が早いため、接ぎ木や挿し木で日本全国に広まっていった、すべてがクローンだと言われています。ソメイヨシノは交配種であるため、種からはソメイヨシノはできません。
クローンだからこそ、能力が同じであるため、開花する条件も同じです。そのため、気象庁は桜の開花前線を予測することができるのです。
ソメイヨシノには、”600度の法則”があり、「2月1日以降の毎日の最高気温を足して、累計値が600度を超えた日に桜が開花す。」というものです。

一方、哺乳動物は、細胞分裂が進むにしたがって各器官への分化が始まるにつれて、全能性が失われてしまいます。
例えば、指を切断した場合、新しい指は絶対に再生してきません。
自然界の哺乳類で、クローンであるのは一卵性双生児だけでしょう。

全能性を失った哺乳動物の細胞に、特殊な操作を加えることによって全能性を取り戻すことができるようになったため、哺乳動物のクローンを作製することが可能になったのです。

なお、遺伝子がまったく同じ哺乳動物のクローンですが、後天的に獲得する性質や、皮膚に現れる表現型は違ってきます。

下の写真は、私が現役時代に(協同飼料、現在のフィードワン)、栃木県酪農試験場と東京農業大学との共同研究で、日本で初めて、ホルスタインの受精卵から作出したクローンの写真です。遺伝子型はすべて同じと証明されていますが、下の写真のように表現型としての斑紋が違います。黒毛和種であったら斑紋がありませんからわからないでしょうが、ホルスタインでは、表現型の違いがはっきりとわかります。

皆さんも、ホルスタインのクローンを見るときがありましたら、「斑紋が違うから、この2頭はクローンじゃないよ。」などとは言わないようにしてください。
「クローンといえども、表現型は違うんだよ。」と、言えば尊敬されますよ。