牛のクローン ④ ホルスタインのクローン・メス編

ホルスタインのメスのクローンについて考えてみましょう。

能力が非常に高いメス牛が出現した場合、そのメス牛のクローンを作ろう、と誰もが思うことでしょう。
しかし、そのクローンのメスにどの位の価値があるかが問題です。

クローン牛と言うと、すぐにでも生体ができると、誤解している人がかなりいます。
「クローン②クローンの作製方法」で述べたとおり、クローンも受精卵移植と同じで、メスの腹のなかで約10ヶ月の成長期間を経たあと誕生し、約14ヶ月の育成期間を経て授精されます。つまり、妊娠するまでに最低でも24ヶ月の歳月が必要なのです。
そのあと、約10ヶ月の妊娠期間を経て分娩し、泌乳が始まります。クローン牛が泌乳を始めるまでには、クローンを作製してから約34ヶ月、約3年後となります。

人工授精所業界は熾烈な競争が続いているため、種雄牛の能力は年々高まっています。
能力が年々高まっている種雄牛との交配で生まれたメス牛は、これまた年々潜在的産乳能力が高まっています。一方、体細胞クローンのメス牛の能力は、細胞を採取したメス牛の能力を引き継ぐだけで、向上はしません。

図1の赤線のように、細胞を採取したメス牛の能力が極めて高く、人工授精で生まれた3年後のメス牛(黒線)よりも秀でていれば問題ありませんが、3年後のメス牛の能力が高くなっていたならば(緑線)、体細胞クローン・メス牛の価値はなくなります。

まして、受精卵クローンの場合は、能力がわかっていませんので、体細胞クローンのメスよりも搾乳牛としては期待がもてません。

もし、自牧場の優秀メス牛のクローンを作ろうとするならば、優秀メス牛に多排卵処理を施して受精卵移植をしたほうが価値があります。一瞬にして母牛よりも産乳能力の高い娘牛が揃うからです。

ただし、すばらしい能力を持つ血統を、自分の牛群に導入するという意味では、性判別した受精卵や生体導入と同じく価値があります。

また、実験動物としては、話が別です。
まったく同じ遺伝子構成を持つメス牛が、これまた、まったく同じ飼養環境で育てられ、給与飼料の違いによって産乳量にどの程度の差がでるのか、などの実験にはクローン・メス牛は多大の価値があります。

さらに、ショー(共進会)に強い、体型の良いメスはこれまた話が別です。
体型の良いメスのホルスタインは、親と同様に体型の良いメスに成長する可能性が高いからです。
ですから、審査の基準が変更にならない限り、体型の良いメスのクローンは、ショーで頭を取りたい酪農家にとっては、作出する価値があるのです。
もし、ショーの好きな各地の酪農家が集まって、全日本ホルスタイン共進会で名誉賞に輝いたメスの体細胞クローンを多数作出して、各出身地で飼養したら、多分、5年後に開催される次回の全日本ホルスタイン共進会に、県代表として出品されることと思います。
同じ親から作出されたクローン・メス牛が同じクラスに十数頭出品されたら、審査員はどんな審査をするのでしょう。考えただけで面白いですね。
しかし、同じ親からのクローンといえども、飼養環境の違いによって後天的な部分は違ってきますので、「1位と2位のウシは非常に似たタイプでありますが、本日のボディー・コンディションにおいて、1位のウシが2位のウシに勝っているので、この順位にしました。」などの、講評がなされるのでしょうか。

次の写真は、私が現役時代(協同飼料、現在のフィードワン)に、栃木県酪農試験場と東京農業大学との共同研究によって作出した2頭のメスのクローンです。このクローンは、受精卵クローンで、遺伝子型は同一であることが証明されていますが、見てのとおり、表現型としての斑紋が違います。
このことから、「1位と2位のウシは非常に似たタイプでありますが、1位のウシの斑紋が2位のウシの斑紋よりもきれいなので、この順位にしました。」とでも講評されるのでしょうか。

一度、このようなショーを見てみたいものですね。
技術進歩もロマンと、ユーモアがあるじゃないですか。
審査員泣かせでしょうが。